たった一人でも
たった一言でも
救われることがあるということを
この時体験し実感しました。
ちょうどその時期に
我が家でも大きな出来事が起こりました。
ある日学校から帰ると
母と一番下の妹が家にいませんでした。
そのうち帰ってくると思っていたのですが
いつまで待っても帰ってきません。
ショックで細かいことは覚えていないのですが
母は妹を連れて家から姿を消しました。
怖くてなかなかそのことについて父に聞くことが出来ませんでした。
どこに行ったんだろう?
なぜ居なくなったんだろう?
何で私に一言も話してくれないで居なくなったんだろう?
私 家事もお手伝いしてたし兄弟の面倒も頑張っていたのに
置いてかれた なぜ???
こんな暴れたりする怖い父のところになぜ置いていったの?
私達のこと心配じゃあないの?
寂しさ 怒り 悲しさ
いろんな思いが毎日グルグル頭をめぐっていました。
そんなときでも何事もないように
いつものように学校に行く。
これはとてもきびしかったです。
あまりに辛くて父に
「お母さんどこに行ったの?」と聞いてみました。
すると父は母は実家の能登にいるだろうと答えてくれました。
『ああ どこにいるのかわかってよかった!
お母さんのところへ電話すれば声が聞ける。
それからどうして?って話を聞こう』
そう安堵したことを覚えています。
話は戻りますが
父と母が喧嘩が絶えなくなってきてから
時々父が
「もしもお父さんとお母さんが別れたらお前はどっちにいく?」と
聞いてくるようになりました。
私は
どっちなんて選べるわけがないよ。
選ばなかった方の親がきっと傷つくだろうしかわいそうだし。
どっちも同じぐらい大事だし。
そんなこと聞かないで!!
仲良くしてほしい。別れたりしないでほしいよ。
家族みんなで仲良く暮らしたい!!
悲しくてせつなくて
どうにもならない気持ちになりました。
母の居場所がわかり
少しは心が落ち着きました。
そのあと電話番号をどうやったか覚えていませんが
わかったのでかけました。
ホントはすぐにでもそこに行って
母にこの気持ちを叫びたかったのを必死で抑え
もうすぐ来る夏休みに母のところへ遊びに行きたいと伝えました。
行ってしまえば何とかなる!
そう思いました。
学校も辛かったし
母のところへ行ったら絶対ここには帰らないつもりでした。
そして誰にもそのことは言わずに夏休みまで耐えました。
もうお別れだと思うと無視されてることも気にならなくなりました。
なので一学期が終わり学校から帰る時
「みんなー!そんなことしてて楽しかった?
もうお別れだよ。これでさようなら。」
そうこころの中で叫びました。
校舎をしみじみ眺めて学校をあとにしました。
そのあと 登下校を一緒にしていた彼女にすべてを話し
「これでお別れになると思う。
もう母のいる能登に行ったら帰るつもりはない。」と告げました。
彼女ともう会えないと思うと
とても寂しい気持ちになり胸が張り裂けそうになって泣きたくなりました。
ずっと仲良く一緒にいたかった!
でも でも 母のところへ行きたい。
もう私にはそこに行くしか道はない。
彼女はとても寂しそうな顔をしてました。
そしてうちの玄関まで来て
自分の服を一枚くれました。
お別れのプレゼントだったと思います。
何も会話することはなかったけど
お互い心で会話していたような感じでした。
まだ自分の力ではどうにも出来ないジレンマを
強く感じました。
いつかお互い
大人になって自由になったら
またきっと会えるよね。
お互いそんな気持ちだったと思います。
そしてその後
父と一緒に能登に向かいました。
続く